Knowledge Village教養・カルチャー > 日本文学 > 近代作家のペンネームあれこれ

平岡は津島が嫌いだった?

 筆名は,もとも,本性をかくすマントの役割を担わせているわけだから,昭和期に入って作家の社会的地位が向上してくるともはや筆名は不要と思われるが,昭和期作家も相変わらず筆名を用いている(もっとも,江藤淳は「官憲の統制に対する覆面」としている)。
 筆名の由来を自ら語っているひとりに太宰治がいる。太宰の本名は津島修治であるが,名前は二文字とも<おさめる>なので一つにして「治」,姓の方は「万葉集」をめくって太宰権帥大伴の何とかという人から「太宰」としたと語っている。もっとも,友人の太宰友次郎から...

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筆名のようでも芥川龍之介は本名

最初の回で,大正期作家は姓で呼ぶことが多い,といったが,明治末期から大正期にかけては本名のままの作家が多くなってくる。いわゆる「白樺派」や「新思潮派」の作家は,そのほとんどが本名である。例外として,「白樺派」の里見とん怩ヘ筆名で,本名は山内英夫という。人名録だかの本を開いて鉛筆を落としたら,里見という姓の所にトンと落ちたことによる筆名というが,真偽のほどは定かではない。

 「新思潮派」を代表する芥川龍之介は本名である(柳川隆之介の筆名も用いた。号は澄江堂主人,寿陵余子。俳号は餓鬼。教科...

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私にもお足がない

「三人冗語」というタイトルで匿名の文芸時評を行っていた森鴎外か斎藤緑雨だかが(時評のもうひとりは幸田露伴)、樋口一葉という筆名を見て「この人はお金に困っているのか」と言ったという話を何かで読んだ気がする。当時の知識人というもの、ことほど左様に漢籍や逸話に詳しかったとわけである。

樋口一葉なつ(奈津、夏または夏子とも)は、実質的な女流作家の第1号である。ただし、「大つごもり」以下の傑作といわれる諸作品を発表したのはわずかに死に至る直前までの14ヶ月間のことであり、それゆえ、数え年の25歳で...

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恋した女は忘れ難し

近代作家の中でもっとも多くの筆名を使ったのは,森林太郎鴎外であろう。
「ゆめみるひと」などいうものも含めて,その生涯では雅号・匿名を含めて30近くの別名を使用している。で,肝心の鴎外という筆名であるが,漢詩などにその出典があるのかと思いきや,鴎外の親戚筋にあたる啓蒙思想家の西周(にしあまね)説では,深川に鴎の渡しという所があって,その近くが林太郎が惚れた女中さんの出所(でどころ)であったので,林太郎は,鴎(の渡しの)外,という筆名によってその女中さんを忘れないでいようとしたというのである(異説...

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"ぶらつき"と"抱きつき"

近代作家の筆名(ペンネーム)について語ってみたい。とはいえ,著名作家の筆名については「筆名事典」のような本もあるし,文芸雑誌などでもしばしば特集されているので,その由来がよく知られている作家も少なくないであろう。これまた,ご承知置きの人物に関しては釈迦に説法,ごめんなさいと先に謝っておくしかない……。

ひと昔前,文学部,殊に国文学科(現今の日本文学科よりもポピュラーな呼称だった)を志望したりすると,父親や訳知り顔の親戚の年寄りなどに,非生産的な学問をやって何になるという意味合いを込めて...

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