永井荷風 『墨東綺譚』
年は二十四五にはなってゐるであらう。なか々々いゝ容貌(きりやう)である。鼻筋の通つた丸顔は白粉焼(おしろいやけ)がしてゐるが,結立(ゆひたて)の島田の生際(はえぎわ)もまだ抜上(ぬけあが)つてはゐない。黒目勝(くろめがち)の眼の中も曇つてゐず唇や歯ぐきの血色を見ても,其(その)健康はまださして破壊されても居ないやうに思はれた。(原文は総ルビ)
永井荷風がこう描いて見せたのは,昭和12年の4月から6月にかけて「東京朝日新聞」「大阪朝日新聞」に35回にわたって連載された,...


