“親譲りの無鉄砲”ならぬ無頓着?「夏目漱石」
近代作家の名作とされる小説に見られる「ん?」という部分について述べてみたい。
その中には,既に評論家達によって触れられているもの,あるいは皆さんが気づいておられるものも含んでいるかも知れないが,その点はご寛恕を乞う次第。
まずは,明治を代表する大文豪・夏目漱石先生を俎上に乗せよう。
――漱石は宛字(あてじ)・造字の天才であった。『坊つちやん』ひとつをペラペラ捲(めく)ってみるだけでも,出てくる出てくる。
その冒頭部の主なものでも,報知(しらせ),入らない(要らない),瓦落多(がらくた),商買(商売),款待なし(もてなし)などがある。
もっとも,『吾輩は猫である』に「三馬」が出てくるので,「秋刀魚」の漱石一流の宛字かと思うと,明治の代表的な辞典『言海』(大槻文彦編)の見出しにあって,当時の一般的な用法であったりするから,宛字と断ずるには注意を要する。
その『坊つちやん』は「ん?」のオンパレードである。
冒頭の有名な校舎飛び降り事件(?)に続くエピソードとして,西洋製のナイフで自分の手を切って見せる場面があるが,そこは「右の手の親指の甲(こう)をはすに切り込(こ)んだ」とある。つまり,坊っちゃんは左手にナイフを握っていたことになり,左利きだったことになる。
しかし,この後,この左利きが作中で使われることはない(このことは夙(つと)に中野重治が指摘している)。
漱石にはそういうところがあって,『三四郎』でもその冒頭で,熊本から上京する三四郎と車中で一緒になり,名古屋で同宿した挙げ句,翌朝,別れ際に「度胸のないかた」とまで言わせた女を,その後,作中に登場させることはなかった。新聞連載中に,その存在を忘れたのであろうか。
ナイフのエピソードの後の,坊っちゃん家(ち)と隣家の質屋・山城屋との位置関係も,漱石の作中の説明ではどうしても理解できないが,それを詳しく述べるだけの字数がない。
諸賢には作品によって図面を描きながら,「ん?」と,頭をひねってみてほしい。

