[村上ファンド事件] 村上ファンド事件に潜む不正の実態

アドバイザー:倉井 泰将 / 税理士・ファイナンシャルプランナー

 

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村上ファンドが与えた好影響

日本の株主は自分の意見を言わない(言えない?)

バブル期の日本には土地神話というものがありました。土地は持っていれば必ず上がる。売らないで持ち続ければ、何倍にもなると・・・。

株式も同様、バブル期には値を上げ続け、1989年12月に日経平均株価は38,915円まで上昇。株式についても持ち続ければ、ドンドン上がったのです。

バブル期の日本の株価は右肩上がり。持ち続ければ上がったので、借金をして株を買う人なども多く、海外の株に比べて日本の株はとても割高に買われていました。バブル絶頂期には1,000円以下の銘柄はほぼなくなり、またその当時はほとんどの銘柄が1,000株単位で売買されていたこともあって、最低100万円は持っていないと株式投資はできないような時代でした。

こんな状態の中、株主は何を求めて株を買っていたのか・・・?
そうです、今書いたとおり、ただひたすら株価の値上がり(キャピタル・ゲイン)を期待して株を買っていたのです。

私のコラム(初めての株式投資)にも書きましたが、株主の本来の姿はその会社のオーナーになることなのです。つまり株主になった会社が順調に業績を伸ばし、配当金が増え、その先に株価の上昇というものがあるはずなのに、そういうことは全く無視され、株価の値上がりだけを期待して株を買っていたのです。

これが、1980年代後半の株式市場の状況でした。
日本には投資した会社の業績など考えず、ただ株価の値上がりだけを期待する投資家が多かったため、株主は会社の経営について関心を持たない人が多かったのです。

その後バブルが崩壊、2003年4月には日経平均株価が7,607円まで下落しました。
株価は値下がりし景気が悪くなり、会社の業績も悪化しました。会社は株主総会で業績悪化などに対する株主の追及を穏便に処理するため、いわゆる総会屋とよばれる人たちを株主総会に呼ぶようになり、これによりますます経営者と株主の距離が離れていったのです。

村上ファンドの登場

そんなバブル崩壊真っ只中の1999年8月、村上世彰容疑者が、村上ファンドの母体となる「MACアセットマネージメント」を設立。2000年9月の投資顧問業としての登録を経て、「村上ファンド」が作られました。それまで、株主総会での株主の力は弱く、会社側主導の株主総会が行われており、なかなか株主が経営に口を出すのは難しい状況でした。 ところが村上ファンドは、豊富な資金力で株を買い集め、通常の個人株主では指摘できなかった株主価値、企業価値の向上を会社側に提案、株主への説明責任や配当政策の見直しなど「ぬるま湯体質」の経営者に改革を迫り、「モノを言う」株主として、企業側から恐れられたのです。

それまでの上場企業は、株主軽視の風潮があったのですが、村上ファンドが出てきてからは、企業は株主重視の方向に転換。配当を増やしたり、株主優待制度を新設したりと、株主への待遇が変わってきたのです。
これにより個人投資家も株式市場に戻ってきました。また株主総会においても、経営者と株主の距離がグッと近づきました。株主懇親会が総会後に開かれたり、経営者と株主の意見交換が気軽に行えるようになってきたのです。
これが本来の、経営者と株主の関係と言えるでしょう。村上ファンドのおかげで、企業は株主重視の姿勢に変わり、株主の地位が向上したといえるかもしれません。

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