朔太郎とポップカルチャー
萩原朔太郎の名前を知らない人はいないでしょう。この詩人の名には、自動的に「口語自由詩の完成者」という日本文学史上に残る「貢献」がついてきますし、『月に吠える』『青猫』といった詩集は、たとえ内容を読んでいなくても、みなさんタイトルはご存知ですね。
以前学生に、「先生、誰でしたっけ、あの詩人!『月に吠えろ』って書いた人!?」と尋ねられ、一瞬トランペットの鳴り響く中、夕闇の街を走るスニーカー刑事にラガー刑事の図が浮かんでしまったのですが(とっさに思い出す七曲署刑事で、歳が分かりますね)、間違えてはいけません。朔太郎の作品は教科書にも載っていますし、国語の時間に朗読したことのある人も多いと思います。詩作にかける情熱もすさまじく、「詩はいつも時流の先導に立つて、来るべき世紀の感情を最も鋭敏に触知するものである」(『青猫』序文より)などと言っています。
ところでこの朔太郎、さぞかし高尚な芸術表現にばかり傾倒していたのではないかと思われがちですが、そうでもありません。たとえば彼は大の探偵小説好きで、コナン・ドイルやエドガー・アラン・ポーの作品を愛読していたのは有名です。江戸川乱歩の「人間椅子」にも感動し、「実際、これ位に面白く読んだものは近頃無かつた」などと感想を述べています(「探偵小説に就いて」より)。今で言うと、ミステリーファンや広い意味でのSFファンに相当するかもしれません。ただし、同じ探偵小説でも「アルセーヌ・ルパンに至っては何事だらう」などと言って批判していますが。
そう、朔太郎は意外にも大衆文学好き、今でいうポップカルチャーの類を高く評価する人でした。彼はこんなことも言っています「今後にもし小説があるとすれば、それは従来の自然派小説ではなく、大衆文学的の小説である。(中略)それから尚未来はコントの時代である。散文詩的文学の時代である。この大衆文学と散文詩が、近く来るべき文壇を支配するに至るだらう」「新しき世紀は先づ大衆文学から生まれてくる。続いて散文詩的文学を創造する新時代万歳!」と(「新時代万歳」より)。
果たして、この予見は当たっていました。朔太郎の予想した「未来図」であったかどうかは分かりませんけれども。個人的には、テレビドラマと、お笑い番組と、ポップスが席巻している現代日本のメディアを、ぜひ朔太郎に見てもらいたかったものですね。
(※ 原文の旧漢字は常用漢字に改めています)

