恋した女は忘れ難し
近代作家の中でもっとも多くの筆名を使ったのは,森林太郎鴎外であろう。
「ゆめみるひと」などいうものも含めて,その生涯では雅号・匿名を含めて30近くの別名を使用している。で,肝心の鴎外という筆名であるが,漢詩などにその出典があるのかと思いきや,鴎外の親戚筋にあたる啓蒙思想家の西周(にしあまね)説では,深川に鴎の渡しという所があって,その近くが林太郎が惚れた女中さんの出所(でどころ)であったので,林太郎は,鴎(の渡しの)外,という筆名によってその女中さんを忘れないでいようとしたというのである(異説あり)。
女性にまつわる筆名をもう一人,永井壮吉荷風を取り上げよう。壮吉は16,7歳の頃,瘰癧(るいれき)の治療のために入院したことがあり,その時の付き添いの看護婦・お蓮(れん)さんに恋したのである。この恋は実らず,この失恋の悲しみを小説に描く際に,お蓮さんへの思いを込めて蓮(はす)を意味する「荷」の字を用いた荷風という筆名を用いたのである。
恋愛ではないが女性に関わりのある筆名を持つのは田山録弥花袋である。若い頃,筆名を考えようと本をめくっていると,ある本で「花袋」という語をみつけ,意味も判らぬままに使っていた。しばらくして友人が「花袋とは女性が持つ匂い袋」と教えてくれ,それは困るとばかりに変更しようとしたが既にその筆名で作品も発表しており,それに田山という姓ともしっくりするのでそのままにした,といわれている。
こうした漢籍などを出典としない筆名も多いが,その極めつけは幸田成行(しげゆき)露伴であろう。成行は給費生として電信修技学校を終えて北海道余市(よいち)の通信所に勤務するが,東京での逍遙などの活躍にじっとしておれなくなり余市を出奔する(正式に退職すれば給費金返却義務が生ずる)。その逃避行のような上京の最中,野宿したわが身に降りかかった夜露に感興し,露を伴とするという意味で露伴としたのである(露伴の「突貫紀行」に詳しい)。

