私にもお足がない
「三人冗語」というタイトルで匿名の文芸時評を行っていた森鴎外か斎藤緑雨だかが(時評のもうひとりは幸田露伴)、樋口一葉という筆名を見て「この人はお金に困っているのか」と言ったという話を何かで読んだ気がする。当時の知識人というもの、ことほど左様に漢籍や逸話に詳しかったとわけである。
樋口一葉なつ(奈津、夏または夏子とも)は、実質的な女流作家の第1号である。ただし、「大つごもり」以下の傑作といわれる諸作品を発表したのはわずかに死に至る直前までの14ヶ月間のことであり、それゆえ、数え年の25歳で死んだ彼女にとって<奇跡の14ヶ月>ともいわれる。そのなつが、歌塾「萩の舎(や)」の姉弟子・田辺(三宅)花圃(かほ)が小説を書いて原稿料を得ていることに刺激されて小説家たらんことを志し、半井(なからい)桃水の指導と斡旋で処女作「闇桜」を発表する時、その書名として<一葉>を用いたのには、17歳にして家督を継ぎ、翌年には父が事業に失敗して多額の借財を残したまま病死したため、母と妹を抱えて貧困と闘わざるを得なかった自身の境遇を重ねたという事情があった。
<一葉>とは一枚の葉っぱ、特に連歌では柳や桐の、俳諧では桐の葉ということであるが、なつは筆名の由来を尋ねた花圃に葦の葉のことだと答えたという。葦の葉といえば、インドから中国に渡ってきた達磨大師が揚子江を渡る際にその乗り物としたという逸話がある。その後、少林寺に入って面壁九年の修行を修め、手足を失ってダルマとなるのであるが、なつは、自分にはお足(=銭)がない→足がないのは達磨大師→達磨大師は葦の葉に乗る→一葉、という連想によって<一葉>なる筆名を考えたのである。
一葉は、今、5000円札の肖像となっている。肖像の一葉は、お金に窮した往事の我が身と引き合わせてみて、いったい、どんな気持でいるのであろうか。

