ドラキュラだけじゃない? 〜ルーマニア〜
アイルランド人作家,ブラム・ストーカーが著した小説「吸血鬼ドラキュラ」。そのモデルになったと言われるのが,15世紀に現在のルーマニア中部・トランシルバニア地方で活躍したヴラド・ツェペシュ公です。「吸血鬼ドラキュラ」では残酷な人物として描かれているドラキュラ伯爵ですが,そのモデルとなったヴラド・ツェペシュは,オスマントルコの攻撃からルーマニアを守った英雄として,ルーマニアでは尊敬される人物の一人とされています。彼は,攻撃してきたオスマントルコ兵や自国の裏切り者を串刺しにしたりと残酷な一面もあったようですが,戦争での殺し合いが日常茶飯事だった当時の価値観からすれば取り立てて残酷ということでもないでしょう。ただ,この残酷な面は,昔からルーマニア周辺に存在する吸血鬼伝説と結びついて,「ドラキュラ」が誕生することになります。
さて,このヴラド・ツェペシュが生まれたルーマニア中部に位置するシギショアラは,彼の残酷さとはかけ離れた町です。そう,シギショアラは,最寄りの鉄道駅から10分ほどあるいたことろに位置する旧市街が世界遺産に登録されている丸ごと中世のたたずまいを残す美しい町なのです。
旧市街の中心には,町のシンボル的存在の木造の時計塔が建っています。14世紀に建築され,17世紀に再建されたこの時計塔の展望台からは,シギショアラののどかな町並みを一望することができます。また,旧市街の端には,屋根付きの木造階段があり,その上には14世紀に建造された山上教会があります。
時計塔の真下あたりに黄色い壁が印象的の質素な建物がありますが,これこそ,ヴラド・ツェペシュの生家です。今はレストランになっており,私もせっかくなので,このレストランで夕食をとりました。
ちなみに,世界遺産には指定されていませんが,後で触れる五つの修道院とともにルーマニアで最も有名な観光スポットの一つ,小説ドラキュラでも登場した通称ドラキュラ城,正式名称ブラン城は,ブラショフという町の郊外にあります。ヴラド・ツェペシュの祖父,ヴラド1世の居城だったこの城は,山奥にひっそりと建ち,迷路のようになっているその内部とともに,いつドラキュラが出てきてもおかしくないような不気味さがただよっていました。
シギショアラから車で1時間ほど行ったところにあるビエルタンという村には,また別の世界遺産があります。この村周辺にある教会は「要塞教会」と呼ばれるだけあって,教会にはにつかないほど頑丈な防壁があり,とくにこのビエルタンの要塞教会は防壁が三重になっているまさしく「要塞」です。世界遺産指定の観光地のくせに?アクセスがやたら悪く,シギショアラから公共交通機関を利用することができず,私もタクシーで行かざるを得ませんでした。
シギショアラを後にして向かったのが,ウクライナとの国境にも近い,スチャヴァという町です。この町を訪れたのは,「五つの修道院」と呼ばれる,外壁一面がフレスコ画で埋め尽くされた世界遺産指定の美しい教会を観るためです。16世紀に当時この地域を治めていたモルドバ公国がオスマン朝との戦闘に勝利するたびにその記念として建造された修道院には,その当時の戦闘の様子やキリスト教の教義が鮮やかなフレスコ画で外壁一面に描かれています。私がチャーターしたタクシーガイドの説明では,当時はまだ一般庶民の識字率が高くなく,字が読めない人でもキリスト教の教義が理解できるようにと,修道院の外壁に絵で説明しようとしたとのことでした。五つの修道院の一つ,モルドヴィツァ修道院のフレスコ画は特に保存状態がよく,太陽の光を浴びて色鮮やかに観るに訴えかけてきます。五つの修道院はルーマニアでも最も有名な観光スポットですが,観光するのは一苦労。私のように1日ですべて回ろうとすると,タクシーをチャーターするしかありません。といっても物価の安いルーマニアですから,8時間程度チャーターしても1万円程度で済みます。
ルーマニアの世界遺産はまだ観光スポットとして広く認識されているところばかりではなく,ビエルタンの要塞教会などは,私が観光したときにもぽつぽつとしか観光客がおらず,「え? ホントにこれが世界遺産?」と拍子抜けするほど。しかし,やはりそこは本物の世界遺産。幾多の歴史をかいくぐって現代に当時の様子を伝える文化遺産の数々は,たとえアクセスが悪くても観る価値はあります。また,ついで?ですが,ルーマニアは物価も安く食べ物の味もマル。トランシルバニア地方でも肉料理を中心に暖かみのある料理をマイルドな味付けととに食すことができ,目だけでなく舌でも楽しむことのできる国です。
写真1枚目:ルーマニア・シギショアラ 時計台
写真2枚目:ルーマニア・ブラショフ郊外ブラン ブラン城(ドラキュラ城)
写真3枚目:ルーマニア・モルドヴィツァ修道院

