筆名のようでも芥川龍之介は本名
最初の回で,大正期作家は姓で呼ぶことが多い,といったが,明治末期から大正期にかけては本名のままの作家が多くなってくる。いわゆる「白樺派」や「新思潮派」の作家は,そのほとんどが本名である。例外として,「白樺派」の里見とん怩ヘ筆名で,本名は山内英夫という。人名録だかの本を開いて鉛筆を落としたら,里見という姓の所にトンと落ちたことによる筆名というが,真偽のほどは定かではない。
「新思潮派」を代表する芥川龍之介は本名である(柳川隆之介の筆名も用いた。号は澄江堂主人,寿陵余子。俳号は餓鬼。教科書などに竜之介と表記してあるのは嘆かわしい限りである)。新原家の長男として辰年・辰の月・辰の日・辰の刻に生まれたので龍之介と名づけられ,生後9ヶ月頃,生母の発狂に伴ってその実家の芥川家で養われ,後に養子となったことから芥川姓となった。辰は天才か狂気かという運勢を持つといわれるが,それが4つも重なった芥川は,まさに天才として生まれ,狂気の中で死を選んだといえる。
大正期作家でも,特に大衆文学系に筆名を用いた者は多い。大正末から昭和初期にかけて活躍した長谷川海太郎は,谷譲次の筆名でめりけんじゃっぷ物(アメリカで生きる日本人・日系人の単純労働者の生き様をユーモラスに描く)を書き,林不忘の筆名で「丹下左膳」などの時代小説を書き,牧逸馬の筆名で欧米の犯罪・怪奇小説の翻訳や風俗小説を書いている。まさに三面六臂の活躍である。同じく大正末期から「鞍馬天狗」シリーズで名を馳せたおさらぎ大仏次郎(本名・野尻清彦)は,作家としてデビューした時に鎌倉の大仏裏に住んでいたことに因む筆名である。また,日本での探偵小説の基礎を築いた江戸川乱歩(本名・平井太郎)は,早大在学中に耽読したアメリカの詩人にして小説家のエドガー=アラン=ポー(Edgar Allan Poe)をもじった筆名であることはよく知られている。

