[時事問題【国際】] 国際時事問題考察

アドバイザー:大野 純一 / LEC専任講師

 

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フセイン元大統領の死刑執行 裁判はどう行われたのか?

昨年末,イラクのフセイン元大統領に対する死刑が執行されました。処刑はバグダッドのシーア派地区カジミヤにある旧軍情報機関本部の建物内で行われたようです。地元メディアによると,処刑にはイラク高等法廷判事や政府当局者ら7人が立ち会い,フセインは首にロープをかけられる直前に「神は偉大なり。イラクは勝利する。パレスチナはアラブのものだ」と叫んだそうです。現在,死刑執行の様子を撮影した音声付き映像が流出しており,イラク政府が死刑執行を公正な裁きと主張する一方で,執行時の現場はまったく統制がとれていなかったことが明らかになりつつあります。ともかく,死刑執行により,イラクを34年間にわたり強権支配していた独裁者はその生命を自国民によって奪われたことになります。

そもそもフセインを裁く裁判はどのような形で実施されたのでしょうか?

裁判は,普通の法廷ではなく,イラク特別法廷というフセインと旧政府の幹部を裁くために設けられた機関で行われました。基本的にはイラクの法律に基づいた裁判で,判決は5人の判事の合議で決められました。二審制で,死刑や終身刑の場合には自動的に控訴されることになっています。

フセインは実に100近くの罪で告訴されました。最も重いとされるのは以下の6つです。

・ドジャイルにおいて1982年に143名のイスラム教シーア派イラク人を虐殺。
・ハラブジャにおいて1988年に5000人近くの人々を化学兵器により虐殺。
・1万人以上のクルド人を虐殺,国外追放。
・1991年にイラク南部で蜂起したシーア派弾圧。
・1991年のクウェートへの不法侵攻。
・35年間に政治的・宗教的指導者を多数殺害。

2005年10月,これら6つのうちの1つ,「ドジャイルにおいて1982年に143名のイスラム教シーア派イラク人を虐殺」した罪について裁判がようやく開始されたのですが,そもそもイラク特別法廷はフセインが身柄を拘束された2003年12月に設置されていますから,裁判を開始するまでに2年近くかかっています。この遅れは開始手続きにおいて混乱があったためで,混乱は開始後も続き,弁護団の1人が誘拐あるいは殺害されたり,裁判長が交代したり,2006年2月にはフセインがハンガー・ストライキを敢行したり,裁判長の親族が武装集団に射殺されたりするなど紆余曲折を経ました。
そして,2006年11月,人道に対する罪で求刑通り,死刑が言い渡されたわけです。元国家元首が人道に対する罪で死刑判決を受けるのは初めてのことでした。死刑廃止国が多いEU諸国からは死刑反対論もあがりましたが,12月26日には控訴審でフセインの控訴が棄却され,死刑が確定しました。

ちなみに,ここで死刑が確定したのはあくまでも「ドジャイルにおいて1982年に143名のイスラム教シーア派イラク人を虐殺」した罪についてでした。この後に別の罪状について引き続き裁判が進行中でしたが,フセインはその裁判を最後まで待たずに処刑されたことになります。すべての裁判が終わるまで死刑執行は延期されるべきだとの意見もありましたが,この時点での死刑早期執行という政治判断が下されたことになります。

早期執行の影響が最終的にどうなるかは,今後のイラクを見守っていくことではっきりするでしょう。

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